コラム 自己啓発

幸せな成功を手にするためのブッダの智慧「ブッダの教え一日一話より」

今回はブッダの教え一日一話

という本の内容から幾つか取り上げて

幸せに生きるための知恵について

お話をしたいと思います。

 

病気をチャンスに変える

病気になるのは、誰でも辛いことです。

 

しかし、「ああ人生とはこういうものか」

と気がつくチャンスにもなり得ます。

 

普段元気な時は気付きませんが、

重い病気になって初めて、

自分の人生を振り返るのです。

 

今までやってきたことの意味を

考えるようになります。

 

 

成功者として生きていても、

病気といった、ひとつの原因で

すべてが離れてしまう。

 

自分の富だと信じていたものが

実は自分のものにはなっていない。

 

そのとき悩んだり絶望せず、

気持を切り替えて、

残された人生を心穏やかに過ごすよう

努力すればいいのです。

 

 

私はうつ病を2度経験しました。

 

1度目のときには、

病気になった理由もよくわからず

しばらく休んで仕事に復帰できました。

 

2度目になったときは、

かなり病状も私自身の環境も最悪で

仕事も家庭も財産も失いました。

 

今も完全に治ってはいませんが

病気になったことの意味を

考えるようになっています。

 

ここまでもう2020年で丸8年になります。

 

病気になったことのない人には

理解できないかも知れませんが

病気の時は苦しいものです。

 

 

とても前向きになんてなれません。

 

自分のペースでゆっくりでいいです。

 

回りの人に思い切り

助けてもらいましょう。

 

そして、その恩を忘れずに、

感謝して次のステップへの力に

変えていきましょう。

 

病気はつらいです。

 

でも病気になるのには

何かしら意味があると思います。

 

何故、病になったのか?

 

それを考えるとこで、

視点と視野が変わってきます。

 

ブッダの教えにあるように

生き方を見直すチャンスかもしれません。

 

死を念じていく

葬儀に参列して故人が安らかに

天国にいけますようにと祈るとき、

死は自分には関係ない、

他人事だと思っています。

 

 

けれでも「自分もこのように死ぬのだ」

と念ずるようにすると

確実な変化が訪れます。

 

「死ぬのが怖い、どうしよう」

という不安や恐れは

なくなってくるのです。

 

死ぬと言うのは、当然の理であって

大したことではないと、わかってきます。

 

すると、人とも争わなくなります。

 

 

最近、良く葬儀に参列する機会が増えました。

 

田舎なので地域の人が

徐々に亡くなっています。

 

丁度、皆が同じ様に歳を重ね、

高齢となるため死期を迎える時期が

重なっていることもあります。

 

棺の中で、眠るように横になる顔を

見ると、生前の面影がよぎります。

 

私はいつも、魂の入った体が

ここで役目を終えたのだと思っています。

 

お勤めご苦労様でした。

と念じ手を合わせます。

 

 

この年になると、

死を何となく意識しだします。

 

終え方のようなものを考え出します。

 

そのような考えを持ち出すと、

人と争ってる時間が、

勿体なく感じます。

 

幸福になる道も幸福

幸福になる道があるとします。

 

それが苦しい道ならば、

歩む気はしませんし、

「はたして幸福になるのだろうか」

と心配になります。

 

 

幸福になる道ならば、

その道を歩むこと自体が、

幸福でなくてはなりません。

 

お金持ちになる道を

歩んでいるうちに、

お金がなくなるのなら心配です。

 

歩み出した時から、

少しづつ儲かれば

「これはお金持ちになる道だ」

とはっきりします。

 

したがって、幸福になる道も、

幸福でなければいけません。

 

 

あると思うと同時に、

失う心配が出てくる。

 

そうやって人は、

いつも何かを求めては、

また不安になる。

 

この繰り返しを続けている限り、

幸せはいつまでもやってこない

のかも知れません。

 

豊作でも凶作でも

仏教の考え方は、

「どんな時でも幸福」

ということなのです。

 

畑をつくることも幸福、

水をあげることも幸福、

肥料をあげることも、

雑草をとることも幸福、

成長を見守っていることも幸福、

実って作物を収穫することも

幸福なのです。

 

 

もしも凶作になっても、

いい経験を積んで

心が動揺しないことを学べるから

それも幸福です。

 

ものごとを客観的に見る人は、

不幸に陥ることはありません。

 

行くも帰るも楽しい道

仏道というものは、

行くときも楽しい。

 

帰るときも楽しい。

 

帰った後も楽しい。

 

いわば、そんな道なのです。

 

 

仏道は、たとえわずかでも、

人に苦しみをもたらす行為は

勧めないのです。

 

私たちの人生にも

この考え方を取り入れたいものです。

 

無理なことをやり過ぎていませんか?

 

自分を労わってあげましょう。

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TSUTOMU,ISHIKAWA

TSUTOMU,ISHIKAWA

製紙会社で紙製品のデリバリー管理業務を8年間、福祉関係の専門職員を8年間勤めました。その後、地域貢献を志し政治の世界へ進みます。市会議員と国会議員公設秘書を通算5年間勤め、その後民間企業で5年間経営を学び独立起業しました。順調にステップアップしていたかに見えましたが、神様はここで私に精神の修業を命じます。50歳を目前に起業した事業が失敗し廃業・借金・うつ病・離婚等を経験します。 そして社会から完全に脱落。 病気から回復後に経済至上主義の競争社会に疑問を抱き、自身の失敗経験と反省から、この厳しい時代に凡人の中高年が、どのように生きるべきかを実践を通じて学んでいます。ビジネスマインドを始め、幸せな成功を目指すためのライフスタイルなど、将来に不安を抱える中高年の方々へ、新しい時代へ向けての生き方などをご提案しています。

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