コラム 自己啓発

激動の時代を生きるために様々な価値観を受け入れる必要性について

2019年10月多くの国民の意に反し

実施された消費増税によって、

2020年オリンピック終了後の

景気低迷を多くの人が予測していました。

 

ところが、今年の2月に

中国武漢から発生したとされる

新型コロナウイルスによるパンデミックで

状況は一気に変わってきました。

 

世界的な経済停滞が加速し、

株価は連日大暴落しています。

 

誰も予測できない危機が

目の前に一気に襲い掛かってきました。

 

今回の世界的な経済低迷は

リーマンショックの時ような

金融危機とは違います。

 

実際の実体経済が

大きなダメージを受けています。

 

リーマンショックのような金融危機は、

実体価値と金融価値とのバランスが

明らかに不自然であり、

起こって当たり前だったと思います。

 

以前より政府の方針として、

働き方改革や副業推進などを見ても、

会社や団体、組織や行政は

静かに社員や民を

切り離している感が歪めません。

 

自分の身は自分の身で

守ならければならない

そんな厳しい時代へと

移行している気がします。

 

今回はそんな時代を乗り越えるために

これまでの常識を打ち破り

様々な価値観を受け入れる

と言うことについて

考えてみたいと思います。

 

私が生まれた昭和時代の常識

私は昭和39年生まれで、

ちょうど東京オリンピックが

開催された年に生まれました。

 

私の生まれたこの時代は、

私たちのような一般的な家庭の暮らしぶりは

まだそんなに裕福ではありませんでした。

 

ですが、

日本はこれから希望に満ちて

大きく成長していくんだ!

と言うような

元気な時代であったと思います。

 

この頃はまだ農業や林業、

鉱業なども盛んでしたので、

物資が少ない田舎でも

それなり仕事はあり

人も結構住んでいたので

活気がありました。

 

また、この時代の一般的な家庭は、

家におじいちゃんとおばあちゃんがいて

孫の面倒を見ながら、

畑仕事をしたり家の仕事をして、

父親と母親は外へ仕事に出かけている

といった家庭が殆どでした。

 

3世代が一つ屋根の下に住んでいるのが

当たり前で常識だったと思います。

 

今の様に便利な施設や

サービスはありませんから、

冠婚葬祭は地域で助け合って

全て家で行っていました。

 

ですから地域のつながりや

コミュニケーションは

とても密だったと思います。

 

また学校生活も今とは様子が違っていました。

 

今日では学校の教師も子供を叱るとき、

かなり気を使っているのではないでしょうか?

「体罰だ!いじめだ!」と

直ぐにクレームをいう

モンスターペアレントなどもいますから、

教師も本当に気苦労も多く

大変な職業だと思います。

 

ですが私の小学生時代には、

先生に叱られたりゲンコツされたりの

体罰は日常茶飯事でした。

 

ですが、それを親に言おうものなら、

「お前が悪いことしたからだ!」と

親からもまたゲンコツを食らうので、

先生に学校で叱られたなんて

口が裂けても言えませんでした。

 

私もいじめられていましたが、

今ほど問題視されるようなことはありませんし、

いじめられないように強くなれと

言われることが殆どでした。

 

世の中で一人前の大人になって成功するためには、

弱音を吐かずに頑張って根性と気力で努力して、

そして、互いに切磋琢磨しながら

競い合うことがとても大切なんだと

叩き込まれました。

 

これが私達の育った時代の常識です。

 

50数年間その教わった常識を守り

突っ走ってきた結果、

私が手に入れたものは病気と借金でした。

そもそも常識とは?

私が教わってきた常識とは

一体どういったものなのでしょうか?

辞書によると、

常識とは次のように記されています。

常識は、社会を構成する者が有していて
当たり前のものとなっている、
社会的な価値観、知識、判断力のこと。
また、客観的に見て当たり前と思われる行為、
その他物事のこと。
対義語は非常識。
社会に適した常識を欠いている場合、
社会生活上に支障をきたすことも多い。

ウィキペディアより引用

つまり、常識とはあくまで

社会を構成する人たちの価値観なので、

それは時代の変化によって

変わっていくべきものだと

いうことなのです。

 

その時々の状況によって

変わるべきものが常識

なのです。

 

ですが、常識を変えようと

しない人たちがいます。

 

それは何故でしょうか?

多分変えない方が

都合が良いからではないでしょうか?

 

昭和時代は情報が限られていたので、

殆どの人が常識を疑うことなく信じていました。

 

常識からはみ出ると

非常識な人間だとレッテルを貼られました。

 

ですが、今はネットが普及し

多くの人が色んな情報に

触れることが出来ます。

 

これまで非常識とされてきた人たちが

活躍の場を広げています。

 

例えば引きこもりやニート

ヲタクと呼ばれた人たちが、

YouTube配信やアニメやゲーム実況などで

その才能を発揮して活躍したりしています。

 

ネットの世界では

一昔前の常識なんて通用しません。

 

ネットの常識が何なのか?

私には正直分かりません。

 

私達が思い込んでいる常識など

もう時代に合っていないのだと

痛感しています。

非常識を受け入れる

この時代を生き残るためには、

これまでの常識にとらわれていたのでは

ダメだと感じます。

 

ある意味、非常識でなければ

生き残れないのかも知れません。

 

ですが非常識が何なのか?

それもまだよくわかりません。

 

頭で理解していても

心の中には非常識に生きることが

反社会的な気がしてなりません。

 

逆に言えば、

色んな様々な価値観や考え方を

認め合うことが必要なのかも知れません。

 

自分の考えることだけが

常識的な事だという

思い込みが、

全ての非常識を生み出している

様な気もします。

 

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TSUTOMU,ISHIKAWA

TSUTOMU,ISHIKAWA

製紙会社で紙製品のデリバリー管理業務を8年間、福祉関係の専門職員を8年間勤めました。その後、地域貢献を志し政治の世界へ進みます。市会議員と国会議員公設秘書を通算5年間勤め、その後民間企業で5年間経営を学び独立起業しました。順調にステップアップしていたかに見えましたが、神様はここで私に精神の修業を命じます。50歳を目前に起業した事業が失敗し廃業・借金・うつ病・離婚等を経験します。 そして社会から完全に脱落。 病気から回復後に経済至上主義の競争社会に疑問を抱き、自身の失敗経験と反省から、この厳しい時代に凡人の中高年が、どのように生きるべきかを実践を通じて学んでいます。ビジネスマインドを始め、幸せな成功を目指すためのライフスタイルなど、将来に不安を抱える中高年の方々へ、新しい時代へ向けての生き方などをご提案しています。

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